あかり[夢想]


 キーンコーン…
 今にも音割れしそうな、安っぽい音が教室の中に響きわたった。
「!!」
 その瞬間、あかりは浩之に怒鳴られでもしたかのように身体を大きく震わせる。
 …キーンコーンカーン…
 同じ音は、校舎中に響きわたっているはずだ。校庭のスピーカーは同じ音を、より無遠慮かつ大音響で流していることだろう。全校生徒に同じ瞬間を告げることになっているチャイムなのだ。
 教室の入り口近くにある時計は5時33分を指していた。秒針は40秒の付近を回ろうとしている。この学校のどこにある時計も、概ね5時30分の前後5分程度を指しているはずだった。全部かき集めれば、誰も入部してこない美術部のいいオブジェになったかもしれない。
 この高校において、5時30分は冬時間の最終下校時刻を指す。ちなみに、6時限の終わりは3時50分だった。一部のやる気がある運動部にとってはあまり意味のない尺度かもしれなかったが、9割5分の生徒にとっては絶対的意味を持ったチャイムなのだ。
 既に外はかなり暗い。この時間特有の、透明感があるダーク・ブルーの色に満ちている。照明のついた部屋から見る夕方の風景は、実際に外に出てみるより暗く見えるものだが、この場合はそれが当てはまらない。あかりは教室にある蛍光灯12本に電気を通していなかったからだ。
 先程の動揺がまだ消えないのか、あかりは鞄と一緒に自分の身体を抱きしめたままでいた。「はぁ」「はぁ」と、多少呼吸が乱れているのがわかる。しかし「はぁはぁ」という連続した息ではない。どこか機械的な印象も受ける、分断された息だ。
 あかりが20回呼吸を乱した後で、チャイムの音はやはり安っぽい余韻を残しつつも消えていった。少なくとも現役の高校生には、何の感慨も与えない音だろう。あかりを驚かせるのが精一杯といったところだ。もしこの後「全校生徒に連絡します。下校時刻になりました」という、妙に気負った教師の声が聞こえてきたなら、あかりは再び心臓を跳ね上がらせることになったと思われる。ただ、幸いなことにこの学校は「あと10分で下校時刻になります」というシステムなのである。
 概ね沈黙が訪れた2−Bの中に、しばらくは「はぁ」「はぁ」という呼吸音は残っていた。しかし、それも徐々に収まり…
「んっ…」
 あかりの、咳払いとも、ため息ともつかない吐息で終わりを迎える。
 彼女が位置していたのは教室のちょうど中央にあたる部分だった。6列ある机の列の3列目と4列目の間、前から3、4番目の机のあたりである。
 あかりは片手で鞄を持つと、ゆっくりと両手を下ろしていく。まだ鞄を抱えた姿勢のままだったのだ。そして心持ち下を向いていた顔を上げて、一歩ずつ足下を確かめるように歩き出す。
 浩之がいたなら、足かけでも食らわせそうな歩き方だ。今やれば、あかりは無様に転ぶ、いや、受け身すら取れずに骨折でもするかもしれない。
 心ここにあらず。
 あかりは前から5番目の机の「行」を過ぎると、右折した。そして、わずかに飛び出ていた前から5番目・4列目の椅子を机の下に入れると–––床を擦る音はしなかった–––3歩進む。
 5番目・5列目の机。つまり、あかりの机だった。
 あかりは少しだけ腰をかがめて、自分の机の中に手を入れる。右側の方だ。そして、机の中から出てきた時には、筆箱が手に掴まれていた。探るというほどの時間ではない、一瞬のことだ。
 円筒形のナイロンの筆箱。照明の下でなければよくわからないが、比較的明るい色のものであることは間違いないようだ。飾り気はあまりないが、不格好というわけではない。普段からあかりが使っているものだった。
 あかりは、基本的に学校に物を残すことをしない。常に机は空っぽである。掃除当番には好かれるタイプの机だ。
 そして、細かい所に目配りのいく性格は、忘れ物という言葉とは無縁だった。浩之の忘れ物なら、幾度も届けたり預かったりした事があるが。
 かちゃっ。
 あかりは鞄の留め具を外すと、筆箱を中に滑り込ませる。
 かちゃりっ。
 そしてすぐに留め具を掛け直す。
 左手で抱えていた鞄を右手に持ち直して、あかりは時計の方に首を向けた。
 5時40分5秒。
 随分と時間がかかっている。
 あかりは、しばらくの間、呆然と時計を見つめていた。自分の時間感覚と、実際の時間の乖離に不安を覚えているようにも見える。
 やがて、あかりはきゅっと胸のリボンスカーフをつかんで、視線を下に落とした。何か心を落ち着けるかのようにそれを弄(もてあそ)ぶ。多少子供っぽい動作。
 たっ。
 唐突にあかりが動く。
 たったったっ。
 あかりは自分の机の横を小走りですり抜けた。
 とん。
 そして、自分の二つ前の机に左手を置く。浩之の机だ。浩之の二つ後ろというあかりの席は、席替えの時にトレードして何とか手に入れたものだった。
 あかりは浩之の机に手を置いたまま、硬直していた。浩之の机の中を探ったりする様子はない。忘れ物を持ってくるのを頼まれたとか、そういう用事で無い事はすぐにわかる。勝手に浩之の机を漁るほど、あかりは図々しい性格ではないのだ。
 あかりが鞄を床に落とす。
 ぱたん。
 一度床に立ったそれは、すぐに力無く横たわった。
 そして、あかりは少し右に動き、身を乗り出すようにして右手も机につく。ちょうど45度の角度から、机に両手をついて体重をまかせている事になる。お腹の真下に机のカドが来る感じだ。
 あかりは、その体勢のまま腰を前に出していく。前傾姿勢のため、「前」といっても水平移動をしているわけではなく、身体全体を下げていくような動きだ。
 当然、すぐに身体が机のカドにぶつかる。触れている部分は、あかりの太股。いや、もう少し上だった。
 あかりは、擦りつけるようにして身体を下に動かす。もはやあかりの身体と机のカドとの接触部分は、太股などではあり得ない。明確に、股間の部分が机のカドに密着させられている。
 ずっ。
 あかりが腰全体をカドに向かって押し込んだ。
「ぁ…」
 吐息が漏れる。
 股間にかかる圧力を変えないようにして、あかりは腰を左右に振る。あかりの動作で動いてしまわないよう、両手はしっかりと机を押さえつけていた。
 ショーツとスカートを通した刺激であるから、かなり弱いものであるのは確かだ。だが、あかりは無理矢理快感を引き出そうとするかのように、ぐっぐっと股間を押しつけ、腰をグラインドさせる。
「だ…」
 あかりの口から、何か声が漏れた。すっと瞼(まぶた)が閉じる。
「だめ…だよ…浩之ちゃん…こんなとこで…」
 言いながら、やはりあかりは行為を続けた。
 左右に振るだけではなく、回転させたり小刻みな振動を加えたり、極めてバリエーションに富んだ動きをする。
「ひ…人が…来る…かもっ…!」
 その時、あかりの動きがぴたりと止まった。
「あ…いや…やめちゃ…だめ…」
 あかりには、かなりの夢想癖があるようだった。端(はた)から見れば相当怪しいのだが、本人は極めて真剣で、しかも楽しんでいる。恐らく、浩之が知り得ない一面だろう。
「そう…そうなの…浩之ちゃんの指、気持ちいいよ…」
 くにくにと、軽くあかりの腰が動く。
 あかりは身体を起こした。そして、スカートを思い切りたくし上げ、その裾を自分の口でくわえる。
 暗い教室の中に、あかりのショーツが浮かび上がった。飾り気のない真っ白のショーツは、照明が無くてもはっきりわかる。普通に見たなら清潔感を感じさせるはずの白も、あかりの淫靡な格好のせいでいやらしさを強調する事しかしていない。
 あかりはもどかしそうに身体を元の姿勢に戻し、ショーツ一枚になった股間を机のカドに擦りつけた。
「んんーっ!」
 くぐもった声が上がる。
 さっきよりも、押しつける力自体は弱くしているようだった。しかし、感じる刺激はより強くなっているのだ。スカートの上からしていたよりも繊細な動きで、あかりは股間に刺激を与えていく。いや、薄い生地を隔てた秘部に直接的な刺激を与えていると言っても過言ではない。
「んっ、んっ、んっ、んっ」
 腰の動きに合わせて、あかりはリズミカルな喘ぎ声を上げる。
 瞼の裏には、浩之のイタズラが浮かんでいるのだろう。あかりはただの机に対して、本当に愛おしそうな動きをしていた。伝わってくるのは無骨な固い感触であるのに、あかりは浩之の指をそこに感じていた。
「んはーっ…」
 あかりは腰の動きを止めると同時に、口を開ける。ぱさっとスカートの生地が机にかかり、あかりの口元からは、つーっとよだれが垂れた。
「うん…続きは…家でね…私の家、今日、お母さんいないんだ…だから…」
 虚空に向かって言うと、あかりは自分自身の身体を両腕でぎゅっと抱きしめる。切なそうな吐息が口から漏れた。あかりはありたけの力を込めて、一人妄想に酔う。
 それが終わると、あかりは夢から醒めたような表情になった。
 床に落ちた鞄を広い、何事も無かったかのように教室の出口に向かう。時計は、あかりが6分間行為をしていた事を示していた。


「どう?まだお腹痛い?」
『いや、もう大丈夫だ。なんか微妙に調子悪ぃ気はするけどな』
「そう。お医者さんの話きちんと聞いて、治さなきゃだめだよ」
 あかりは自分のベッドに横たわり、左手でコードレスの受話器を耳に当てていた。ただし、服は一切身につけていない。身体が冷えるのを防ぐためか、あかりは掛け布団とタオルケットの中にもぐりこんでいた。
 髪が少ししっとりとしているから、風呂上がりである事はわかる。
『心配すんなって。腹切ったわけじゃないし』
「でも、まだ入院してるんだから、やっぱり心配だよ」
 だが、あかりの右手は…むき出しのクレヴァスの間に当てられていた。
『だから、あさって退院だって。でも、好きにメシ食えるようになるまではもう少しかかるかもな』
「お粥、作って上げようか?肉団子とか入っているの」
『あー、助かりそうだ。サンキュ』
 ぐにゅぐにゅと指先を動かす。クレヴァスの間に挟まれた二本の指は、粘膜に包まれてねっとりした感触を感じていた。それを動かす度、じんわりと気持ちよさが広がっていく。
「うん、じゃあ作りにいくね。あさって」
『おいおい、退院したその日にか?』
「だって、浩之ちゃんを一人にしておくと心配で」
 またあかりは指を動かし、性器を刺激した。
『心配されるほどじゃねーよ。ま、メシは楽しみにしてるわ。病院の食事は聞いてた通りにマズかったしな』
「うん、この一週間大変だったでしょ?」
『まーな。でも、ヒマの方がもっと大変だったかも。お前が話し相手になってくれて助かったわ』
 あかりが指を動かす。動かし方はかなり緩慢だった。刺激を与える間隔もかなり開いているから、一度生まれた快感もさざ波のように消えていく。あかりは、これをかれこれ30分も続けていたのだ。
「良かった」
『んじゃ、そろそろ病室戻っとくわ』
 その言葉が聞こえた瞬間、あかりはクレヴァスの指を移動させて、クリトリスに当てる。そして、それをやわやわと擦(こす)る。
 粘膜への刺激とは違う、痺れるような快感が感じられた。
「ねえ、浩之ちゃん」
『なんだ?』
 あかりはクリトリスを撫でる動きを止めない。
「私、ほんとに心配してたからね…早く良くなって欲しいって」
 浩之は一瞬沈黙した。
『…わかってるよ』
 ぐりっ。ぐりっ。
 あかりはクリトリスを潰すような、強い刺激を入れる。
 ヴァギナからじゅわっとした感覚があった。愛液が浸み出てしまったのだ。
 量はそれほど多くないが、あかりのシーツやタオルケットはいつもひかりが勝手に取り替えている。シミがつけば、気づかれるかもしれない。あかりは少しひやりとしつつも、びりっとした強烈な快楽を楽しんだ。
「浩之ちゃん…」
 少し鼻にかかった声を出す。やりすぎれば、きっと浩之はいぶかしがるだろう。だから、不自然ではない程度、聞きようによっては泣き声に聞こえる程度の声だ。
『ばーか。大丈夫だって言ってんだろ』
「うん…」
『じゃあ、切るぞ。あかり』
「浩之ちゃん、おやすみなさい」
 ピンピンとあかりはクリトリスを弾いた。かなり気持ちいい。ともすればどっと吹き出しそうになる愛液を、必死で抑える。
『ああ、おやすみ』
 プツッ。
 電話が切れる瞬間、あかりは軽く気をやった。
 受話器を布団の上に放り投げ、あかりは瞼を閉じる。
「…うん…ちょっと…イッちゃった…えへへ…ねぇ…お願いしていい…?」
 あかりは左手の人差し指を自らくわえた。
「舐めっこ…したいの…浩之ちゃんのと、私の…いいの?…やった…」