香里[夜風]


(この文章は、名雪FD[振動]を読んだ後に読まれた方がいいかも?しれません)

「なんでそうなるんだよ」
「説明する必要はないんじゃないのか?」
「北川、お前俺をどういう奴だと思っている?」
「こういう奴だと思っている」
 北川はひゅっ、とやる気無さそうに祐一を指さして、
「これ以上ない説明だと思うが」
 妙に自慢げに言った。
「どういう意味だ」
「俺の今言った質問を復唱してみろ」
「するわけないだろ」
 祐一は憮然とした表情になる。
「だいたいなぁ、マンネリ化なんてお前自身の責任だろ」
「だからこそ相沢からご教授願おうと思っているんじゃないか」
「二語しか敬語じゃないぞ」
「十分だ」
「結局、なんで俺なんだよ」
「お前の常人とは違う変な発想力とこれまでの戦歴を考えれば、この質問についてお前以上に優れた回答をする奴はいない。俺の知っている中では」
「放っとけ」
 意味もなく論理的な北川の言葉に、祐一は反論もせず黙った。
 二人はそのまま、雪の未だ残る通学路を歩いていく。
「寒ぃな」
「もう暖かいぞ」
「北川、その感覚は狂っている」
「そんな事はないぞ」
「これだから地元生まれは…」
「相沢がひ弱過ぎるんだ」
「俺はこの土地に一生馴染もうと思っていない」
「水瀬さんも香里も間違いなく暖かいと言うぞ」
「…そりゃそうかもな」
 ふと祐一は考え込む。
「どうかしたか?」
「…なぁ、北川」
「思いついたか?」
「…やっぱ、覚えていやがったのか」
「当たり前だ。まだ回答をもらっていないからな。で、何か出たか?」
「まぁ、そうなんだが…」
 祐一は言いにくそうにしながら周囲を見回す。よく晴れ渡った閑静な住宅街だ。人気はない。
「大丈夫だ。誰もいない」
 北川は声をひそめる。
「通販でさ、買ったんだわ」
「何をだよ」
「わかれ」
「それだけで分かるか」
「通販でないと買えないようなものだ」
「当たり前だ」
「名雪に、使った」
「だから、何をだよ」
「入れたまま、学校でした」
「………」
 北川が沈黙する。
 ひそひそ話のために寄せ合っていた肩を離す。
 ごん。
「って!」
「何が異常だ、何が」
「何の話だ…って、それとこれとは話が違うだろ」
「正気か、お前」
「知らないっての。バレはしなかったからいいんだよ」
「ったく」
 北川は心底呆れた表情を浮かべた。
「やらないんならいいが…って、なんで俺が質問に答えたのに叩かれなきゃいけないんだ」
 ごん。
 祐一が北川の頭を叩く。
 北川は一瞬恨めしそうな顔をしたが、再び祐一に肩を寄せた。
「で、どうだったんだよ」
「興味あるんじゃないか」
「教えろ」
「…メチャクチャ感じまくってた。自分でオナニーまでしてた」
「………」
 北川は想像しているのか、言葉を止める。
「どうするんだ?貸せと言うなら貸すが…」
「しかし、学校でってのはいくらなんでもまずいな…」
「そうか?」
「相沢の感覚がおかしいんだ」
「そうだ、それで思ったんだが、あいつら、もう外でしても大丈夫なんじゃないのか」
「外?…外、か…」
 北川がやっと頭を動かし始める。
「俺はあまりやる気しないがな。あ、屋上ではしたか…」
「ふーむ」
 一言唸(うな)ってから、北川は祐一から離れた。
「どうする?北川」
「今日お前の家行っていいか?家ん中に入らなくてもいいから」
「気が早いな…」
「いろいろ考えが出てきた。持つべき物は変態の友人だ」
「ちっとは感謝しろ」
「十二分に感謝しているぞ」
「香里にとっては不幸以外の何物でもないな」
「水瀬さんよりはマシなコンディションにするさ」


「でさ、相沢と水瀬さんと比べれば、もうちょい俺達は普通だと思うわけだ」
「あの二人はいとこ同士ってのをなんだかんだ言って感じるわよね。恋人同士って言うより」
「いとこ同士でくっつくなんての、本当にあると思ってなかったわ、俺は」
「私も。結婚してもいいってのは聞いたことあったけど、同い年で恋人同士のいとこって言うと不思議な感じがするわね」
「独特だよな、あの関係」
「そうね」
 香里はコーヒーを口にする。
「何杯目だ?」
「4杯目かしら?」
「よくそんなに飲めるな…」
「ただだし、いいじゃない」
「いいけどな…胃に悪そうじゃないか?」
「勉強している時にも飲む癖ついちゃったからかしら。普段から一日3,4杯は飲んでいるから」
「眠れるのか?」
「たまに眠れない事もあるけど…逆に、無いと勉強できなくなっちゃったのよ」
「カフェイン摂りすぎって、絶対に身体によくないだろ」
「大丈夫よ、アメリカンだから。ここのもそうでしょ?」
 確かに、ファミリーレストランがわざわざコストをかけて濃いコーヒーを出すとも思えない。
「まぁな。でも、クリープとか入れずによく飲めるな」
「慣れればね」
「慣れなのか?」
「少しはそうだと思うわよ」
 また香里はコーヒーを飲む。
「中毒みたいになってると怖そうだよな。なんか」
「タバコやアルコールみたいな、直接的な害はないでしょ?世の中にこれだけニコチン中毒とアルコール中毒がいるんだから、私は大丈夫」
 ニコチン中毒もアルコール中毒もただ事ではないのだが、香里は平然と言った。
「それもそうだな」
 しかも、北川まで納得する。
「栄養バランスとかで不摂生にならなければいいのよ」
「そう言えば、受験勉強は結構やってるのか」
「それなりにはね」
「何時くらいまでだ?」
「まだこの時期だし、12時までには切り上げているわよ」
「うーん…それでも大変だな」
「自分のためにやっている事だしね」
「俺なんかと会っている時間、こんなに長くていいのか?」
「そんな事言わないで」
 香里はにこっとした笑いを浮かべながらも、真剣な目で北川を下から見つめる。
「すまん。悪かった」
「いいのよ、心配してくれているのはわかるから」
「でも、無理はするなよ」
「わかったわ」
「よし。それじゃ、そろそろ出るか」
 北川は腕時計を見る。もう8時をかなり回っているところだった。
「そうね。そうしましょう」
 香里はミルク色のセーターの裾を軽く直しながら立ち上がった。土曜日だが、私服である。一度家に帰って着替えてきたのだ。
 北川が伝票をつかんでレジに向かう。香里はその後ろからついていった。終夜営業のファミリーレストランには部活帰りといった様子の人間もいて、かなり騒がしい。その喧噪の中、北川と香里のように二人だけの空間を楽しんでいる恋人達もいた。数百円で展開される若きピュアリティーの場も、世の中には存在するのだ。
 店を出ると、すっかり暗くなっていた。
 ファミリーレストランは大きな道沿いにある。香里と北川の歩いている道にも車が通り過ぎる音が近づいては遠ざかっていく。信号がこの辺にあまりないせいか、ちょうど一つの車が遠ざかると次の車が通っていくのだ。
「だいぶ、あったかくなってきたわね…」
「そうだな」
 二人は同意し合う。祐一がいたら、絶対に反論するだろう。
「相沢は、寒い寒い言ってたけどな」
 北川は期待を裏切らない。
「もう一年になるんだから、いい加減慣れればいいのに…」
「あいつはこらえ性無いからな」
「名雪と朝に走ってくるのだけは続いているわね」
「同じ家に住んでいる恋人同士なんだから当然だろ…って、冷静に考えるとすごい状況にいるんだな、あいつら」
「同棲生活?しかも、片方の親まで一緒で」
「二人とも、もしこのまま結婚まで行ったらどんな感じなんだろうな。雰囲気とか」
「気が早い話ね」
 香里は微笑んだ。
「そりゃそうだけどさ。でも、誰でも言う事かもしれないけどさ、俺だって関係が続いている間は永遠にって考えてるぞ」
「誠実な彼氏で安心するわ」
「なんか、すごく客観的な言い方だなぁ」
「そう?でも、褒めているのよ」
「褒められるのか…」
 北川はぽりぽりと頭をかく。
「なんだかな」
「嫌い?褒められるの」
「いや。でも、なんか俺が年下みたいだな」
「そう?ごめんなさい」
「謝ることはないけど…。なんか微妙な感じするわ、それ」
 北川はそう言ってから、香里の背中に手を回す。
 香里は少しだけ下を向いて、顔を赤らめた。それに見る事が出来るのは、北川しかいないのだ。
 車ばかりが通っていく道路の歩道を、二人は言葉を交わさずに歩いた。そうしていると、確かに二人は同年代に見える。車が通る度に、二人の姿がドラマティックにライトアップされる。動的なライトアップだ。一瞬の強い光の後に、ふぅっ…と闇の中に二人の姿が薄れていくのだ。
 そのショーを十分に楽しんだ二人は、やがて道を折れる。それは、公園に向かう道だった。
 香里は北川の取ったルート変更に、何も言わずに従った。二人の家に帰るには、完全に外れた道ではないがかなりの遠回りである。それでも、急ぐこともなしに、二人は滑るように夜の道を歩いた。さっきの県道と違って、こちらはあまり街灯も多くないし、車など滅多に通らない。寂しい通りの中、二人はより近く身を寄せ合う。
「温かいな」
「そうね…」
 二人は互いの体温を感じ合っていた。
 幾度身体を重ねても、服の生地の間から微かにのぞく肌から感じる温かみには特別な意味がある。滑らかな肌触りをした薄いセーターからも、ほのかに温かみが感じられるように思える。
 そうしていると、逆に周りの寒さがよく感じられる。しかし自分が触れることの出来る温かみをしっかり持てば、寒さを感じることも逆に快くなってくる。
 この寒冷の地に住んできた人々は、ずっとそうしてきたのかもしれない。
「なぁ、香里、足下…」
「え…?」
 いつの間にか、二人は公園に着いていた。敷地に入るところに4,5段の階段があるのだ。
「何か、考えていた?」
「ううん、なんでもないの…」
 香里は口を綺麗な笑みの形にして、下を向く。
 二人は人気のない公園にゆっくりと足を踏み入れていった。木々に囲まれた、ちょっとしたグラウンドのような場所だ。敷地はこれだけではなく、噴水などのあるところもある。
 もちろん大きな公園だから、探せば人はいるかもしれない。ひょっとすると、愛し合っている男女もいるかもしれない。しかし、二人の視界の中には誰もいなかった。
「座るか」
「そうね」
 北川が公園の隅にある石のベンチに向かって歩き出す。香里も、横に並んで歩く。
 二人の靴が乾いた土を叩く音が響く。静寂の公園の中では、それすらもかなりの音だった。知ってか知らずか、二人は自然と足音を小さくしようとしているようだった。
 しばらくしてベンチにたどりつくと、二人は並んで座る。ジーンズとスカートの生地を通しても、そのひやりとした感触は伝わってきた。
 しかし、二人の視線は合わなかった。北川は正面を向いていたので、何となく香里は声を掛けそびれてしまったのだ。
 ちら、ちらっと香里が北川の表情をうかがう。突然黙り込んだ恋人に、香里は不安の念を抱く。
「香里」
 突然北川が香里の方を向いた。香里は少し体をのけぞらせて驚く。
 そのまま、北川は香里の唇を奪った。
「…んっ!」
 あまりに急だったので、香里は反射的に唇を閉じてしまう。だが、北川の舌が滑り込む方が速かった。力を入れて北川の舌を挟み込むわけにもいかず、香里は唇の力を抜いてキスを受け入れる。
 乱暴なキスだった。こわばる香里の舌を、北川は大胆かつ執拗にこねくり回した。北川が身体全体を動かすようにして舌の動きを加える度、くちゅ、ぐちゅっと唾液の絡み合う音が立った。
「…は…はぁっ」
 北川が離れると、香里は驚きと性感の萌芽に上がってしまった息を何とか整えようとする。そんな香里を後目に、北川は自分の荷物を探っていた。
「はぁ………はぁ………」
 ようやく息を整えた香里の前には、何かを手に持った北川がいた。何なのか、よく分からない。物体自体が黒いようで、闇にまぎれてしまっているのだ。
「香里、するぞ」
「え…え、こんな…ところで」
「ショーツ脱げ」
 北川の口調が変わっていた。
 こうなると、香里は逆らえない。逆らえないのだ。
「あ…あぁっ」
 恐れとも返事ともつかない声を上げながら、香里は立ち上がってショーツを降ろした。
 恥ずかしそうに左下の方を見ながら、香里は夜の公園に立ちつくす。北川はそれを見ながら、手にした何かをしきりに口に当てて、唾液で濡らしていた。
 そして、北川が香里の前にしゃがみ込む。香里は動けなかった。
 想像通り、北川は手にした何かを香里のヴァギナに挿入しようとしている。思い切り秘裂が開かれてしまって、夜風に晒されているのがわかる。
「ん…はぁ」
 異物感。大きさはピンポン玉くらいだろうか。香里のヴァギナは、それをしっかりと飲み込み、くわえる。
「ショーツ上げて、ベンチに座れ」
「え…え?」
 香里は戸惑いながら、言われた通りにする。ぴっちりと性器をつつみこんだショーツが、秘部に飲み込んだ物体の存在を否応なく認識させる。緊張した香里には、先ほど感じたベンチの冷えた感触など感じられなかった。
 北川は、ベンチの上からまた何かを持ち上げる。さっき、荷物から取り出しておいたらしい。
 ちゃらっ、ちゃらっと金属が触れあうような音がした。
 ベンチの鉄のてすりに、北川はそれを近づける。やがて、かちゃっと音がした。香里には何が起こっているのかわからない。
 すると、北川は香里の右手首をいきなりつかんだ。身体をぴくっと震わせて北川を見上げる香里。それに気を配る様子もなく、北川は香里の手に何かを通した。何かと聞く時間もなく、またかちゃりと言う音がする。手首に、冷たい金属の感触が感じられた。
 香里が手を動かそうとすると、ちゃらちゃらっ…と音がする。…手錠だ。香里の手は、ベンチの手すりに拘束されたのだ。
「な、何これっ」
 北川は尻のポケットから何かを取り出すと、それを操作した。
 ヴ…
「きゃっ!」
 香里は思わず身体をベンチから持ち上げた。こうされるのが見えていたとは言え、予告もなしにやられれば驚くし、必要以上の恥辱感を感じる。
「い…いや…」
 スイッチを入れられたローターは、香里の胎内を小刻みに震え回っていた。
「俺、今ゴムないんだわ。コンビニで買ってくる」
「え…!?や、やだ…」
「15分くらいかな。じっとしてろよ」
「いやぁ…」
 香里は北川にすがろうとする。しかし、がちんと音がして引き戻された。もはや、自由に動くことなど出来ないのだ。
 ヴ…!
「いやーっ!」
「じっとしてろって言っただろ」
 北川はさらに出力を上げる。それを下げようともせずに、北川は香里に背を向けて歩き始めた。
「き、北川くんっ…」
 その香里の懇願に答えず、北川の姿は段々小さくなっていった。


 ヴ…
 そのまましばし立ちつくしていた香里が出した結論は、もう一度ベンチに座り直す事だった。夜の公園の中、ベンチの前でわざわざ一人で立っている少女というのも不審すぎる。
 無論、夜の公園で一人座っているのもそれなりに変わった光景かもしれないが、まだ言い訳がつく。
 香里は両手で顔を覆うようにして、座っている身体を大きく前傾させた。確かに、傍目には何かの絶望にくれている少女に見えるかもしれない。
 最初は腰を少しだけ浮かせていたのだが、15分もの間その体勢を維持するのが極めて大変であることに気づき、香里は諦めて腰をベンチに完全に降ろしてしまった。
 ヴ…
 浮かせていたときより、振動が強く感じられてしまうのは否めない。
 痛みはなかった。ただ、気持ちよいかというと、あまりそうでもない。不思議な異物感と振動。性器が刺激されているという気がしないのだ。ひょっとすると、性行為をしているというよりは生理用品を入れている時の異物感の方がまだ近かったかも知れない。
 当然、生理用品でこれほどの圧迫感を覚える事などあり得ないのだが、香里は奇妙にローターの異物感に慣れてしまっていた。そうすると、振動すらも生理の時に感じる倦怠感にも似たもののように思えてきてしまう。視界を遮っているからかもしれないが、香里は段々とローターの感覚が当たり前にあるもののように感じ始めていた。この程度のものを一週間や二週間つけていても、頭がおかしくなりはしないのだ。
 そうすると、自分がなんでこんな物を入れているのかという事すらも忘れそうになる。そして、北川の顔が頭に浮かんだ。
 北川は…
 学校にいる時など、普段はあまり頼りになりそうもない性格だが、香里の恋人として香里の前に現れる時は、香里のことをよく支え、楽しませてくれる男になる。香里の妹、栞の話で絶望の淵まで追い込まれていた香里に、彼が気づいた結果だ。元来が「いざという時に頼れる男」だったのか、栞の件を経て成長したのかは分からない。いずれにしても、今の香里にとって北川は無くてはならない恋人だった。
 でも、セックスの時は、その関係とは違う関係が出てくる。香里が一方的に組み伏せられ、犯されるセックスが展開される。
 香里は、それが嫌いだというわけではなかった。理知的な女性がマゾヒスティックだという説はあまりにもいい加減な俗説であろうが、確かに理性が通用しない暴力的な快楽には自らと違う世界を感じてしまうのは確かなのだ。よって、香里も。
 だが、普段の北川と恋人である時の北川は延長線上に結べるかも知れないが。そのいずれの北川もセックスの時の北川と延長線上で結ぶ事はけして出来ない。何かがねじれているのだ。別人格と言っても過言ではない。そんな精神のゆがみの傾向など、北川にはまるでなさそうなのに。
 とは言え香里も、そのような北川と何回も接することによって、対処の仕方、行うべき行動の体系を作り上げつつあった。もう一人の香里を作ったと言ってもよい。「普段とは違う北川」には、「普段とは違う香里」が対処するのだ。人格のズレは、際限ない人格のズレを拡大再生産するのだ。
 「普段とは違う香里」がすべきこと…それは、出来うる限り淫乱になり奉仕すること。「普段とは違う北川」は、そうすることを最も歓ぶのだ。
 この状況下に置いて、香里が最も淫乱であるためには、何をすべきなのか?今香里は一人だった。拘束されているのは片手だけだった。
 …ワンッ
「………!」
 突然、犬の声がした。近くではないが、それほど遠くもない。
 …ワンッ…ワンッ
 犬の散歩だ!
 香里は即座に理解した。飼い主が散歩コースに、夜の公園を選んだのだ。
 ワンッ!…ワンッ!
 心なしか、犬の声が近くなってきたような気がする。香里は、必死で「アンニュイな少女のポーズ」を維持した。飼い主が遠くからそれを見て、気を利かせて去っていってくれる事を切に香里は願った。普通に公園を通り抜けるなら、こちらのベンチの方にくる必要はないのだ。入り口から真っ直ぐ突っ切って、噴水の方に抜けていけばいいのだ。
 近くまで来られたら、手錠が見えるかもしれない。香里は何度も手を後ろに隠そうかと思ったが、この時点でそれをしてもかえって怪しいだけだと思い、やめた。
 ワン!ワンワォーッ!
 犬が声を長く引っ張る。犬の嗅覚は人の1万倍?いや、100万倍?それとも、1億倍?どこかで聞いた数字が、どうしても浮かんでこなかった。香里のヴァギナは生理反応として愛液で潤い始めてしまっている。本人がほとんど性感として意識していなくても、少しは愛液が分泌されるのだ。イヌは、ヒトの愛液に反応するのか…。
 じっと身を固くしていると、さっきは全く気にならなかったローターの存在が異常なほどはっきり感じられた。しかも、何もないフリをしている香里の性感を出来る限り引きだそうとする、この上ない意地悪な振動をしているようにすら感じられた。じわんじわんとした甘い感覚が生まれる。耐えれば耐えるほどにヴァギナが収縮し、ローターの振動がより強く香里に伝わる。
 は…早く行って!お願い!
 香里の心の叫びが通じたか、犬の吠える声は聞こえなくなっていた。
 恐る恐る香里が薄目を開けると、誰もいなくなっている。もう飼い主も犬も行ってしまったらしい。
「はぁ…っ」
 香里は大きくため息をついた。そして、自らのショーツに指を当ててみる。
 濡れていた。今の興奮によって、愛液がそこまで出てきていたのだ。ローターの振動はまだ続いている。秘部に当てた一本の指にも、その振動はよく伝わってくる。
 少し、香里は視線を上げた。そして、香里の目の届く範囲で公園全体を見回す。誰も、いない。
 確認が終わると、香里は自らのショーツの中に指を入れた。
 視線は上げたまま、指先を秘裂の中にもぐり込ませてクリトリスを探り当てる。香里はそこを、「いい子いい子」をしているように軽く柔らかなタッチでさすり始めた。
 ローターが与える刺激とクリトリスの刺激。それぞれはあまり強くない刺激でも、二つが重なると、それは単なる軽い刺激ではなくなる。相乗効果ということだけではない。自分以外に、確実にもう一人の存在を感じるのだ。と言っても誰か来たわけではない。自らの制御を離れているローターと、自らの制御下のクリトリス・オナニー。香里は、そこに擬似的な交歓を感じたのだ。
「あ…あっ」
 ふるふると髪を震わせながらも、香里はけして視線を下に降ろす事はなかった。誰かが来るのを見張っていたのかも知れないし、北川の帰りを待っているのかも知れない。そのどちらであるにしても、不可視の位置からの快楽は香里に呪縛感を与えているのは間違いなかった。止まらないのだ。自分のしている行為なのに、止まらないのだ。
 結局、視界の隅にコンビニの袋を持った北川が現れるまで–––いや、現れても–––香里は自慰を続けていた。
「よぉ、香里」
「きたがわくん…」
 香里は、依然として視線を自らの目の位置と並行に維持したまま、北川の事をぼうっとした瞳で見つめた。
「気に入ったか?」
「うん…」
「じゃあ、俺の番だ」
「わかったわ…」
 香里は自慰をやめて、ふらっと立ち上がる。全身がふわふわした酩酊感に包まれていた。
 北川は自らズボンのジッパーを下げ、トランクスも下げてペニスを露呈させる。香里は手錠を気にしながら、何とかペニスに口が届く所まで身体を移動させた。右の手は、手錠のせいで伸ばしたままになっている。
 香里は左手で不器用にペニスをつかむと、いきなり大きく口を開けて口の中に含んだ。あまり強く力は入れず、ふっくらと口全体で包み込むようにして頭を上下に振る。しごくのでもなく舐めるのでもなく、口全体を使った撫で上げなのだ。
 二、三度それを繰り返すと、香里はぺろっとペニスの先端を舌で舐めた。単発の鋭い快感に、北川はやや顔をしかめる。少々もどかしいのだろう。
 そして香里はきゅっと口腔で北川のペニスをしっかりくわえ込むと、本格的に上下運動を始める。にゅるっ、にゅるんっと、それなりに速いペース。一秒に一往復よりも速い。「幹」の部分はしごき上げて全体を力強くいきり立たせるように、先端の部分は舌も加えて丁寧に快感を引き出す。
 いつもよりも、大胆だ。一分間も続けると、北川の表情に余裕が無くなってきた。
「か、香里、少し速いぞ」
「んはっ…で、でもっ…」
 香里は一瞬だけ口をペニスから離して言うと、またすぐにフェラチオを再開した。北川の腰の奥底には、早くも熱い爆発の予兆が生まれつつある。
 北川は性感に染まった香里の表情を見て、初めてローターを入れていた事を思い出した。見ただけでは全然分からないが、香里は間違いなく今も性感を一直線に膨らませているのだ。しかも、右手は拘束されたまま。
 相沢の奴…あなどれんな。
 そんな不健康な男の友情を心の中で示しながら、北川は香里の頭を乱暴に撫でた。
「ふぅっ…ううーうーっ」
 それだけで香里は性感帯を刺激されたかのように吐息を荒くする。北川のペニスを、めちゃめちゃになめ回す。
「こ、こらっ、香里っ」
 射精感が一気に高まってきた。
 引き抜いたのに射精するという恥だけは避けなければならない。北川は迷った挙げ句、香里の口の中により深くペニスを突っ込んだ。
「ぐっ!?んんっ…」
 苦しそうな声の後、すぐにまた口が動き始める。根本から先まで、激しい動きでしごき立てる。
 限界はすぐ訪れた。
 北川は躊躇無く、香里の口の中へ思い切り放出する。
 ご…ごくっ、ごくっ
 出るそばから、香里は大きな音を立てて北川の精液を飲んでいった。嫌そうな顔一つせずに、顔を興奮で真っ赤に染めてペニスから液を吸いだしていく。
 やがて、ちゅるんと音を立てて香里の口からペニスが離れた。
「ったく…がっつきやがって」
「ご、ごめんなさい…」
「ベンチにあがれ。四つん這いだ」
「はい…」
 受け答えの言葉も変わっていた。
 香里は手錠を気にしながら、何とか片手と両足で身体を支える。まさに犬の格好だ。
 北川もベンチに上がると、香里の後ろに回って、ショーツを引き降ろした。香里の秘裂を、夜風がひんやりと通り過ぎる。
 べとべとに濡れた秘裂は、たらっと愛液の糸を垂らした。そのまま石のベンチの上に、小さな液体の一点が出来る。
「すげぇな、これ」
「い、いや…言わないで」
「こんなのがいいのか、香里。淫乱」
 ぱんっ。
「あ…!?」
 乾いた音がした。北川が、香里のヒップを叩いたのだ。それほど強い力ではないが、香里は思わず声を上げる
 ぱんっ。ぱんっ!
「んあっ…」
 時折少しだけ強い力も加えながら、北川はスパンキングもどきの事をし続けた。本当は射精後に間隔が欲しかっただけなのだが、やがて北川はその行為が思ったよりも面白い事に気がつく。叩き続けているだけで、香里が喘いでいるような声を上げたり愛液をますます溢れさせたりするのだ。
「なんで叩いて感じるんだよ」
「ちがう、ちがうのっ」
「嘘つけ!」
 ぱん!
「あーっ…!」
 自分のペニスが通常の活力を取り戻すまで、北川は存分にその行為を楽しみ続けた。北川は尻ポケットからスイッチを取り出し、ローターを止める。
「は…あ…ふっ」
 香里の、疲れたような喘ぎの声。
 北川は、無造作に香里のヴァギナの中に指を入れた。ヴァギナの中は、まるで熱めのぬるま湯があふれ出したかのようになっている。滑りそうになりながら、何とかローターを引っぱり出す。その間にも、香里は絶えず甘い喘ぎを上げ続けていた。
「入れるぞ」
「は、早く…」
「よし、香里、いくぞ」
 スムーズにゴムを付けると、あふれ出す愛液の源に、ペニスの狙いをつける。そして間髪入れず、ずんと突き入れる。
「ふ…あぁっ!」
 香里が、裏返りそうな声を上げる。
 北川は香里の腰をつかんで、何も考えずに腰を激しく振った。香里もそれに応えてヒップを突き返してくる。二人の呼吸はぴったりと合い、香里のヴァギナの一番奥深くに重く激しいストロークが突き刺さる。
 ベンチに当てた膝の所だけが、ひどく冷たかった。それ以外の部分は、熱くたぎっていた。
 ぬめぬめと締め付ける感覚を、北川は十分に感じていた。幾度と無く入れてきたヴァギナだが、締め付けの力は変わらず、十二分な力で北川のペニスに刺激を与える。愛液にも満たされているそこは、この上なく気持ち良かった。しかも、いくら激しく突き入れても傷つかずに行為を受け入れてしまうのだ。
「あ…」
 しばらくして、香里ががくっと顔を垂れた。身体の動きを止めて、北川の抽送をそのまま受け止め続ける。イッたらしい。
 構わず北川は腰を降り続けた。わずかにひくっひくっと震えるヴァギナは、また独特の感覚をペニスに与え続けた。
 北川が再度の絶頂を迎えるのにも、そう長い時間は掛からなかった。
「くっ…」
 香里に覆いかぶさる。そして、ぐーっと腰を押しつけて、精液を放出する。
「はぁ…はぁ…」
 引いていく熱に、冷えた空気が追い打ちを掛ける。自分達のしていた行為の意味を、改めて思い知らされる。
 速いセックスだったが、北川は十分に満足していた。


「ねぇ、今度またみんなでイチゴサンデー食べに行こうよ」
「なんでみんなイチゴサンデーなんだよ」
 祐一がたしなめる。
「私はいいわよ」
「俺も」
「待て、二人とも、なんで名雪を甘やかすんだっ」
「祐一、多数決だよ」
「そんな不条理な話があるかっ」
「全然不条理じゃないぞ」
「確かにそうね」
「名雪にこれ以上イチゴを与えて見ろ、名雪は死ぬまでイチゴ中毒だ」
「もう、十分なっているじゃない」
「香里、変な事言わないで」
「いずれにしても、俺はイチゴサンデーで構わないぞ」
「北川、裏切るのかっ!この前の恩を忘れたかっ」
「この前の恩?」
 名雪が聞く。
「…あー、別に大した話じゃない」
「なんなの?」
 香里も問う。
「…えーとだな、なぁ、それより、なんで相沢はそこまでイチゴサンデーに反対なんだ。まさか、他に食いたいものでもあるのか?」
「なわけないだろ。…金欠だ」
「無計画に物を買いすぎるからよ」
「ほっといてくれ」
「ま、まぁ衝動買いは男の性だよな」
「北川っ!」
 パンッ!と二人はハイタッチする。
「???」
「?まぁいいわ、で、どこに行くの?」
「私の家にしようよ」
「いいけど、いきなり行っていいの?」
「大丈夫、お母さんは誰が来てもいつでも大歓迎だよ」
「じゃあ、それで決まりだな。行くぞ」
 祐一と北川は二人で並んで歩き始めた。
「なんなの?あの二人…」
「さぁ…お互い、恋人はもう少し選んだ方がいいかもしれないわね」
 香里は言った。冗談だったが。