マルチ[不正]


「ま、待ってください、浩之さん〜」
 むんずとマルチの手が浩之のトレーナーの裾をつかむ。構わず浩之が行こうとしたため、トレーナーはびろんと伸びてしまった。それが伸びきってしまうと、今度はマルチの方が引きずられていく。
「お願いですから」
 廊下をずるずると滑りながら、マルチは懇願した。
「あのなぁ」
 浩之が振り向いた。
「あっ、あ〜」
 バランスを崩したマルチの身体は思い切り後ろに傾いていく。
「はわっ、わっ、わっ」
 マルチは何とか踏みとどまった。未だしっかりつかんでいるトレーナーの裾は、ねじられるようになってますます伸びる。
「お願いします、浩之さん〜」
「あのなぁ、どうでもいいけどまずはトレーナー伸ばしまくるのやめてくれ。これ、もうかなりヤバいぞ?」
「え?あ、あ、あっ」
 マルチはトレーナーがロープのようになっている事に、初めて気づく。
「すいません、すいませんっ」
 慌てて手を離した。
「あ、バカっ!」
「あっ、あ〜〜〜」
 ごちん。
 とっさのことで、浩之は反応できなかった。マルチは見事に仰向けに倒れる。
「いっ、いっ、いたいです〜〜!」
 ぶつけた音に一瞬遅れて、マルチが泣き始めた。フローリングの廊下にしたたかに後頭部を打ち付けたのだ。人間だったなら、痛いだけで済むとは限らない。しかも、マルチは全然受け身を取っていなかったのだ。あるいは受け身という事を知らなかったのかもしれない。
「だ、大丈夫か!?マルチ!」
「いたいです〜」
 思い切り涙をこぼしながら、マルチは打ったところを押さえた。
「コブ…なんて出来るわけないか。なぁ、本当に大丈夫なのか?思いっきり打ってただろ」
「え、ええ。私達の頭の中にはコンピュータが入っているだけですから。衝撃が来ても壊れない工夫はされてるみたいです…」
「脳よりも丈夫ってことか…にしても、気を付けろっていうか、あの状況でいきなり手を離したらどうなるか分かるだろ」
「ひ、浩之さんが怒られたようだったので、つい…」
「別に怒っちゃいねーよ。でも、もう少し後先考えて行動してくれよな」
 浩之は無惨に伸びたトレーナーの裾をつかみ、ため息をついた。
「す、すみません…」
 マルチは滲(にじ)んだ涙を手で拭きながら、よろよろと立ち上がる。
 ピーッ!
 その時、鋭い電子音が響いた。
「あ、お洗濯物が出来ました」
 さっと後ろを振り向くと、マルチはとてとてと廊下を駆けだした。そして、開けっ放しになっていた脱衣所の中に入っていく。
「………」
 後に残された浩之は、自分のトレーナーの裾をつかんだまま、呆然としたような表情を浮かべていた。いや、呆然と言うより憮然と言った方がいいかもしれない。
 すぐに、ばさっばさっという音が聞こえ始めた。洗濯カゴに洗濯物を移す音だ。
 その音が、突然ぷっつりと途絶える。
「…ひ」
 小さな声。
「ひ、浩之さん〜っ!」
 どたばたどたばた。
 マルチが脱衣所から飛び出してきた。洗濯カゴを抱えたまま。
「ひ、浩之さん、浩之さんっ」
 洗濯が終わった服を一杯に入れた洗濯カゴは相当重いし、小さなマルチの身体にとってはかなりの大きさだ。それを抱えながら走ってくるのだから、見ているだけで危なっかしい。
「マルチ、気をつけろよ」
「は、はいっ、あ、あっ」
 言われる先から横にバランスを崩す。
「と、ととっ、だ、大丈夫ですっ」
 廊下の壁を使って、マルチは踏みとどまった。何とか洗濯カゴをひっくり返さずに済んだようだ。
「どうした?ゴキブリでも出たか?」
「そうじゃないですっ、私お掃除きちんとしてますからっ」
「じゃあ、洗濯物が破れでもしたか?」
「いえ、洗濯機さんは正確な方ですから。そんな失敗はされません」
 洗濯機さん…。しかも、敬語。
「そうじゃないですっ、さっきもわたし言いましたっ。浩之さん、お願いします〜っ」
 洗濯カゴを抱えたまま、マルチはもじもじと足を動かした。
「だって、今洗濯中だろ?」
「そ、そうですけど…変なんです、わたしっ」
「なんでだ?」
「わかりません〜」
 マルチは洗濯物の間からのぞかせた顔を赤く染めた。
「まずは洗濯カゴ置けよ。持ってるだけで大変だろ」
「は、はい」
 マルチは慎重な動作で洗濯カゴを廊下の脇に置く。
「はう〜」
 胸に手を当てて、大きく息をつく。いかにも大仕事をした後と言った感じだった。
「で、で…」
 マルチは小走りで俺の方に来る。
 しかし、浩之は反応せず、立ち止まったままじっとマルチを見下ろす。
「あ、あの…」
 上目遣いになりながら、マルチはおずおずと浩之の顔をうかがった。両手を胸に当てて、両足を落ち着きなく動かしながらマルチは浩之の言葉を待つ。
「そうだな」
「は、はいっ」
「じゃあ、俺を満足させられるか?」
「だ、大丈夫ですっ。おやすいご用ですっ」
 顔全体で喜びを表すようにして、マルチは浩之の前にひざまづく。
「失礼します」
 マルチは浩之のジーンズのジッパーを下ろし、ホックも取った。そして、両手でジーンズをつかんで丁寧に引き下ろした。
 それからトランクスの中に手をそっと入れて、既に下着を突き上げている浩之のペニスを優しくつかむ。その状態のまま、マルチは逆の手でトランクスをゆっくり引き下ろしていった。ペニスに無理な負担がかからないための配慮だ。
「もう、こんなにされていたんですね…」
 マルチは夢見るような表情になって、ペニスを両手で包み込む。しごき上げるわけではなく、ソフトなタッチでなで上げるような刺激だった。敏感な先端部分は避け、根本に近い部分を中心にした愛撫。
 その手淫で、心なしか浩之のペニスが少し膨れ上がったかのように見える。そして、マルチはあーんと口を大きく開け、ペニスを、はむっとくわえた。
 ず、ず、ずっとマルチはペニスを口に含んでいく。やがて、マルチの唇がペニスの根本の所まで来るほどになった。マルチの小さな口の中は、浩之のペニスでいっぱいになる。
 まず、マルチは唇をすぼめるようにして、ペニスを軽く締めつけるような刺激を加えた。きゅっきゅっと圧力を加える。そのまま上下に小さく顔を動かすと、軽いしごき上げの運動になる。舌はべったりとペニスに密着させられていたため、同時に舐め上げの動きにもなる。
「うまいぞ、マルチ…」
 ありがとうございます、と言うより浩之に悦びを与える事の方が良いとマルチは判断したようだ。口からペニスを抜く事なく、刺激を淡々と加え続ける。
 マルチはさらにぐぐっとペニスを飲み込み、睾丸を唇と舌の先でくすぐった。ペニスがあまりにも大きく、舌をうまく動かす事は出来なかったが、そんな微妙な力加減が浩之の性感をじりじりとくすぐっていく。
 ひとしきりそうした後、マルチはまた根本への刺激に戻った。ただし、今度は全体に動きが大きかった。マルチが頭を上げた時には、ほとんどカリ首の部分まで唇が上がってきている。そこから、また根本の部分まで沈み込む。その大きな動きを、スピードを速めて繰り返す。
 マルチは、浩之のペニスが液体を垂らし始めているのを感じていた。マルチの身体は食物を摂る事には対応していないが、味覚の判断には対応している。もっとも、味覚がマルチの感情システムに影響を与える事は無かった。つまり、味覚上の不適応を起こす事はないのだ。
 時々マルチはペニスを浅くくわえ、先端からあふれ出てくる液体を舌ですくい取る動きを加えた。その度に、浩之は少し余裕の無さそうな表情になる。マルチはフェラチオを続けながら、その浩之の表情を見ていた。
 何回か先端に刺激を加えた後、マルチは唇で締め付ける動きをやめる。そして、舌をべろっと出して、ペニスの先端に近い部分だけを執拗に舐め立てる動きに切り替えた。
 べろっ。れろれろっ。べろっ。
 膨れ上がったペニスの先端を、マルチは愛おしそうに舌先でいじめた。
「マルチ」
 短く浩之が言う。マルチはさっとペニスをくわえ込み、再びピストン運動を始めた。先端に近いところでぐっぐっと二回、全体を思い切りしごく動きを一回。そのリズムを幾度も幾度も繰り返す。
 ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぐにゅーっ。ぐちゅっ、ぐちゅっ、ぐにゅーっ。
 マルチはその動きをしながら、こっそりとスカートの中に指を這わせていった。そこにある、むき出しの性器に指を突っ込む。自分のピストン運動に合わせて、粘っこい液体を吐き出す部分にぐいぐいと指の挿入を繰り返す。
 20秒もしないうちに、浩之は腰をぐっと突き入れた。
 どっ、どっ、と白濁した液体がマルチの口腔の中にあふれていく。かなり量が多かった。全体に丁寧な刺激を加えるマルチのフェラチオを受けた後では、そうなってしまうのだ。
 やがて脈動が収まると、マルチはきちんとペニスの中に残った精液も吸い出した。そして、ごくんと飲み込む。それから、ぴちゃぴちゃという音を立て、浩之のペニスを舌で清めていく。
 全ての作業が終わると、マルチはやっとペニスを解放した。
「おいしかったです…浩之さんの」
 屈託ない笑顔で言う。
「マルチ、お前自分のもいじくってたろ」
「え、えっ?」
 マルチがとまどいの声を上げた。
「いじってたろ?」
「ひ、浩之さん、見えてたんですか?」
「当たり前じゃねーか。変なことばかり学習するな」
「す、すいませんっ!あ、あの、ご、ごめんなさいっ」
「奉仕しているときは、ずっと我慢するもんだろ?お仕置きだな」
「え、あ、あのっ!」
 浩之は素早くマルチの後ろに回り込み、スカートの裾をつかんだ。それを思い切りめくる。マルチの綺麗なヒップが丸見えになった。
「い、いや、恥ずかしいです」
「じっとしてろよ」
 浩之はマルチのヒップに指を当て、ゆっくりと滑らせていく。ヴァギナのところまで来ると、そこから溢れてくる液体をたっぷりと指につける。
「あ…浩之さん」
 ふわふわとした声が上がった。
 だが、浩之はすぐに指を違うところに移動させていく。
「え、えっ!?」
「じっとしてろ、マルチ」
「ち、違います!そこはっ!浩之さんっ!」
 浩之はマルチの後ろの穴の方に指先を近づけようとしていた。
「や、やめてください〜」
 構わず、浩之は濡れた人差し指をヒップの一番奥深くのところへ動かす。
 マルチは反射的に腰を前に出そうとするが、浩之は左手でがっしりと腿をつかんでいた。マルチはふるっふるっと恐怖を身体で表すしかない。
 色素もほとんど無く、きゅっと引き締まったアナルの反応を確かめるかのように、浩之は入り口の部分をちょんちょんとつついた。マルチは「あっ、あっ」と不安そうな声を上げる。
 ずっ。
「!!」
 浩之は突然指先を挿入した。
「いっ、いたいです、いたいです、いたいです!抜いてくださいっ、お願いですっ!壊れちゃいます〜っ!」
 マルチが悲鳴を上げた。身体を動かそうとすると余計に痛いと思ったのか、硬直したまま痛みに耐える。
「い、いやですっ、痛いですっ!」
「お仕置きなんだから仕方ないだろ。我慢だ」
「う、ううっ」
 マルチは涙をぽろぽろこぼしながら、仕打ちに耐える。
 浩之は、アナルの中の意外なほど滑らかな感触に驚いていた。マルチにとってそこは排泄器官ではないわけだし、当然かもしれない。少なくとも、痛覚と締め付けるための力があるのは間違いないようだが。性感があるのかどうかまでは確かめられなかった。
「ひぐっ、えぐっ」
 浩之は二、三度指を抜き差ししてからアナルへの責めを終了した。
「い、いたかったです…」
「これから、気をつけるんだな」
「は、はい…」
 不条理な浩之の台詞にも、マルチは素直に謝った。
「よし」
 浩之は立ち上がり、くしゃくしゃとマルチの髪を撫でた。
「あ…」
 マルチがぼうっとした表情を浮かべた。性感が高まりつつある時は、少し乱暴な撫で方でも反応する。それは、頭を撫でられた時にマルチが感じる純粋な喜びと、性の悦びを併せ持った感覚なのかもしれない。
「じゃあ、するか」
「は、はい…」
 頬を紅に染めながら、マルチは浩之の方に向き直る。
 浩之がぎゅーっと抱きしめると、マルチはありたけの力で浩之を抱き返した。決して強い力では無かったが、愛しいという気持ちを全力で表しているのは間違いない。


「あ…」
 浩之が無造作に秘裂の間へ指を差し込む。
 抵抗は無かった。中には、熱くとろりとした液体があふれかえっていたのだ。ぐにっぐにっと指を無理矢理動かしても、返ってくるのは熱く柔らかな感覚だけ。マルチも、痛みを訴えることはない。
 浩之自身はほとんど愛撫を加えていないにも拘わらず、マルチの身体はもう十分に高まっていた。尖った部分に触っても、
「ふ、ふぁぁっ…」
 と快楽を示す声が上がるだけである。
 浩之はマルチの下腹部を押さえて、少し持ち上げる。それだけで、突起を包んでいた包皮は簡単に剥けてしまった。
 露わになった鮮紅色の小さな突起を撫でると、マルチは身体をよじらせて悶えた。日本の指でつまんで、少し強めにぐりぐりと転がしても嫌がる様子はない。いや、
「あっ、あっ、浩之さん、気持ちいいですぅ…」
 と、マルチは性感を自ら口にしていた。どこまでも正直なのだ。
 もはや愛撫の必要はないように思えた。浩之は自分の下半身をマルチに近づけると、ヴァギナに狙いをつけて密着させる。
「き、来てください、浩之さん。わたし、もう我慢できません」
「分かった」
 浩之は一気にペニスを挿入した。
「あーっ…」
 マルチがおとがいを反らせ、切なそうな声を上げた。
 相変わらずマルチの中は狭かったが、潤滑の液が豊富なため、動くことに苦労はない。浩之はぬるんとした小気味よい抵抗の中、ゆっくりと抽送を開始する。
「はぁっ、はぁっ…」
 マルチは両腕を力無く投げ出して、浩之のストロークを受け止めた。ずんずんという衝撃が伝わる度に、マルチは反射的に締め付けを加える。それは、浩之のペニスにじんわりした快感を与え、それ以上にマルチに激しい性感を与えていく。
「だ、だめです〜っ」
「もうか?マルチ、もうか?」
 抽送のスピードを保ったまま、浩之が問う。
「はいっ、もうっ…」
 少し眉をしかめて、マルチが答えた。
「んっ、あーっ…」
 嬌声。それから、ぴくぴくとした全身の痙攣。
 マルチは、恍惚とした表情を浮かべてエクスタシーを感じていた。そこに浩之が同じペースでペニスを突き入れる。快感が累加されていく。一度始まったエクスタシーは、なかなか終わらなかった。
「はふぅ、はふぅ…」
 やがてエクスタシーの波が引いていくが、一度精液を吐き出している浩之はなかなか限界を迎えない。
「まだまだだぜ、マルチ。覚悟しとけ」
「は、はい〜」
 ぼーっとした瞳でマルチは答える。
 結局、浩之が絶頂を迎えそうになるまで、マルチは3回のエクスタシーに達していた。
「そろそろだ、マルチ」
「はひ、はひっ、ひ、ひろ、ゆひ、さんっ」
 もはや息も絶え絶えになったマルチが、やっとの事で言う。
 浩之は遠慮なく強いストロークをがんがんと打ち込んだ。力が抜けたマルチの身体は、その度に少し移動してしまう。枕の上に、身体が乗っかりそうになっていく。
「マルチっ!」
 それを引き戻すように、浩之は身体を倒してマルチを抱きかかえた。
「あふっ、はふぅっ…」
 瞬間、浩之はマルチの中に欲望をぶちまける。
 身体がへなへなになったマルチは、言葉を出す事もできなかった。浩之も今日二度目の放出をした事により、一気に脱力感を覚える。
 二人は、残った力で何とか抱き合ったまま、交わりの余韻を噛みしめていた。


「洗濯物、もう一度すすぎと脱水しなきゃだめですね」
 マルチが情けなさそうな表情で言う。
「そうだな。ま、今日中に乾かせるように頑張れよ」
「はいっ」
 タタタタ…とマルチが行く音がする。そして、とん、とん、とんと階段を下っていく音。
 浩之はそれを確かめてから、点けっぱなしにしていたパソコンに向き直る。インターネットに繋ぎっぱなしでもあった。当然、通信料は定額だが。浩之は慣れた様子で様々なサイトを探っていく。その多くは背景が暗い、いかがわしい雰囲気を持ったものだった。時折、浩之は何かのデータをダウンロードする。そのうちいくつかはデッドリンクだった。
 サイトに共通して書かれていた文字は、"cheat code"。
 やがて浩之はいくつかのデータを解凍し、付属されたドキュメントに目を通し始めていった。